仏教から見る”人間関係”

私は実家が列記とした仏教徒だったので、“輪廻転生”という概念を教えられていた。

というよりかは、手塚治虫さんの「ブッダ」という漫画を読んで、小学生の時に勝手に学んだ、というものだ。当時は全くと言ってよいほど意味が分からなかった、輪廻転生という言葉。

 

作中に、ブッダが死にかけの女の子の魂を追いかけて、人間だけでなく動物、植物などの魂がみんなで手をつないで楽しんでいる世界(あの世の表現なのかな?)にたどり着く描写がある。

そこで、“あの女の子の魂はどこだ!”とのブッダの問いかけに対し、魂たちは“みんな魂は一つだよ!だから、どの魂を持っていっても同じだよ”と答える。

 

魂はみんな一つ。

生き物は死んだら何度でも生まれ変わる。

 

キリスト教では生まれ変わるのはイエス・キリストだけなので、宗教によっても考え方は色々なんだなーと学ぶ。イエス・キリストは十字架を背負って一人で人間の罪を被り、そして復活しなければならない理由があったのだが、こちらに関しては話し始めたら2時間は語れるので、またの機会にしよう☺︎笑

あと、キリスト教に詳しい人と議論したいことは、キリスト教において輪廻転生的な考え方を推奨していないのは、教会の力が弱くなってしまうからか、命が回りまわると、神様から与えられる恩恵が身に余ってしまうからなのか、はたまた別の理由なのか…(かなりマニアックな話ですみません。笑)

 

今回は仏教的な目線から☺︎!

 

「昔は1億人程度の人口だったのに、今は70億人人間がいる。どう考えても魂の数が足りないじゃないか!」と言われたこともあるが、命はみな平等なので、人間の数は増えていても動物の数は減っているかもしれないし、植物の数や虫の数も減っているかもしれない。魂には、誰が偉いとか偉くないとか、そういうヒエラルキーが無いのである。

そして、あの世には肉体が欲しくて欲しくてたまらない魂が膨大な数いるらしい。あの世は、不自由が全く無いらしく、つまらないらしい。

制限があった方がオモシロイ、ということだ☺︎

 

 

 ちょっと明確な数字は忘れてしまったが、先祖を147段くらいまで遡っていくと、全ての人間の先祖が一致する、と聞いたことがある。だから、今隣にいる人とは遠い昔血縁関係だったといえる。…と考えると、最近友達に思わず言ってしまった一言が、ちょっとだけ申し訳なく思えてくる。

 

 

少し前に読んだ本に「借金2000万円を抱えた僕にドSの宇宙さんが教えてくれた超うまくいく口ぐせ」という本がある。

f:id:akihonoho:20180206165004j:plain

この本は本当に面白くて、普段本を読まない人もさらっと2時間くらいで読めてしまうし、読んだ瞬間から実践できるのでぜひ読んでいただきたいのだが、その本の中に、人に愛を以って接することで願いが叶う、とある。

 

分かってはいるけど、目の前の人がムカつく。そんなときもある、というか、まだまだ未熟者の私はそんなことばっかだが、そんな時にでも実践できるコツがあるのだ。

“あなたは私であり、私はあなたである”

と考えるのだ。

そうすると、たとえ上司から理不尽なことを言われたとしても、

“そうか、自分にもこういうところがあるんだな。許してあげよう、今回だけだぞ”

って思えるし、慣れてくると

“人にこんな思いをさせていたのかもしれない。気をつけよう”

と思える瞬間が来る。

本当に自分が大切に思っている人に対してだけでなく、電車で出会って今後一生出会わないような人にも、愛を以って接することができる。

要は類友。愛は、愛で溢れる人のところに行きたがるものだから。

 

こういう考え方は、仏教チックかな~と思う。魂は一つ、みんな同じだから。

 

他人は自分を映す鏡、とはよく言ったもので、目の前の人にムカつく、ということは、自分の中にもそういう面があるからムカつく、ということを学ぶ機会がよくある。

端から、自分に全く無い物を持ち合わせている人は、尊敬かまたは恐怖心しか生まれないからである。電車で意味の分からないことをブツブツ言っている人に対しては恐怖心を、TVに出ている専門家に対しては尊敬を、はたまたなんとも思わないとか、そういうものである。

あ、でも前者に関してもしイライラするなら、それは睡眠を妨害されたとか、そういういうところの怒りであり、その人に対してではないはずだ。

 

 

 

愛、の反対は何か?という問いかけをされたことがある。

当時の大学生の私は、“憎悪”と答えた気がするが、実は

“無関心”

である、とのこと。だから、「あの人嫌い」よりも、「どーでもよい、てかあの人の名前知らないし」の方が、人間関係を形成することは困難であるということだ。

 

その人に興味を持って、愛を以って接する。

それこそが円滑で気持ちの良い人間関係をはぐくむことに繋がると思う。

 

…とはいえ、私こそ頭では分かってはいながら、人生修行中なのだが。笑

最近、つくづく恋愛は向いてないな~と思うことがあったりとか。

 

 

宗教って、なぜか日本人は嫌悪感を示す人もいるけど、こんなにも歴史のある概念は類を見ないから、勉強して損はないと思っている。

 

生まれてきたことに、感謝☺︎

人生は、修行だ。人生は、旅だ。