歴史を学ぶ①東京裁判

最近、歴史を学んだほうが良いよ、東京裁判以降の近代史!といわれたので、自分で調べて学んでみようと思う。もし間違い等があったら指摘して欲しい。

 

東京裁判極東国際軍事裁判)】

第二次世界大戦で日本は敗戦国となっていることは周知の事実であるが、戦勝国の連合軍が戦争犯罪人として指定した日本の指導者を裁いた裁判のことである。

一方、ドイツ・イタリア等に対して戦争犯罪人を裁いたのがニュルンベルグ裁判。

 

東京裁判』及び『ニュルンベルク裁判』で有罪判決を受けた者を『戦争犯罪人』・・・戦犯と呼ぶ。

受けた判決により3つの項目に分けられ、それぞれ『A項目戦犯』『B項目戦犯』『C項目戦犯』に分類され、この分類は罪の軽重を示す意味は含んではいなかった。だが実際には『A項目戦犯』がもっとも罪が重いと考えられ、結果 刑も重いものが適用された。

 

日本人容疑者は440名であった。

そのうち、東條英機元首相をはじめとする7人が死刑判決を受けた。

なぜこの7人は死刑判決を受けたのか?それは、捕虜虐待の罪の有無が関係している。

とはいえ、この7人が捕虜虐待をしていたのではなく、「虐待を止める権限を持っていたのに止めなかったことを罪とされ、裁かれた」と言ってもよい。しかしながら、もしアジアの国々で日本人が捕虜を虐待していたとしても、日本にいたこの7人の大臣や首相たちがそれを阻止できたのだろうか?

 

逆に、大量に国民を虐殺したアメリカの原爆の投下に関しては、一切責任が問われていない。そもそも裁判には国際法の専門家がインドのパール判事だけであった、という、なかなかのでたらめ具合であったのだ。

裁判の前から既に判決は下されていた、との言葉もあるくらい、正当性に欠ける、一方的な裁判だったことは間違いは無いだろう。

 

最大の問題は、

◆事後法であったこと。

そもそも裁くための根拠となる法律が当時無かった。国際法もまったく無関係。この「裁判」の根拠となったのは、連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーの参謀部が中心となり、そこに検事などが加わって作り上げた東京裁判所条例(憲章)なる代物であった。

裁かれる事案が起こった時点で存在した法律に基づいて裁判が行なわれたわけではないのである。これは「法は遡らない」という大原則に違反している事後法であり、国際法上違法である。いわゆるこじつけ、だ。

 

◆「戦争を始めること、また戦争の準備をしたこと」も罪に問われているが、そんなことを言ったら第二次世界大戦に参加した全ての国に関して、この罪に問われなければならない。

 

◆戦争は国家行為であるにもかかわらず、戦争犯罪人として、個人名が提示され、裁かれている。

 

◆弁護士側の証拠は全て却下され、検察側の証拠は主張のみが裁判の中ではまかり通っていた。

 

その他、色々な問題があるが、現代人の私たちにとって、最も問題であることは、「東京裁判が不当な裁判であったことを詳しく知らない」ということである。まぁ現在の教育制度を作ったのはGHQ(アメリカ)だから、わざわざ日本人に、自分たちに不利益な情報を教育したりしないよね。そして、これは私の先輩からの意見なんだけど、日本人は良い成績を取ることに興味があり、歴史には興味が無い。教師も然り。ということが非常にうなづける。

 

なぜ総理大臣が靖国神社の参拝をするとあんなに叩かれるのか?

A級戦犯が祀られているから?それとも…日本人がかつて悪いことをした、という認識を日本人だけでなく、世界に向けて発信したいから??それで得するのは誰だ??

 

歴史とは奥が深いものである。

 

私は母親から、日本で戦争を促したりした悪いことをした人たちが戦争に負けたから処刑されて、靖国神社に祀られている、と聞いたことがあるので、上記のことを知って今大変驚いている。

 

私は理系であるために、高校時代に日本史はほとんど学習していない。

この近代史を日本人はどう教育として学んでいるのかがとても気になるが、そこはもはやお得意の「時間がなくなっちゃったので、授業ではやりません」だったのかな?って思う。

 

まぁ、私の書いているこの文章も、何かしらのバイアスがかかっていることには間違いは無い。

 

視点が変わると考え方が変わる。